8050問題。意外とわかっていない子供の人生は親のものではないってこと。

子育て親育て

間もなく私はおばあちゃんにさせていただけるらしい。

しかもさんざん辛い親子関係であった長男によって。

長男には、本当に申し訳ないくらい未熟な親を押し付けてしまった。

それはそれはエゴイストの塊を毎日投げつけるイメージ。

子どもの人生を自分の通知表のように思い違いし、羨ましがられるようないい子を作ることに力を降り注ぐ毎日。

男の子を兄弟に持たなかった私は、男の子って者を想像の中でいいとこどりして作り上げて、そっくりそのまま長男に当てはめようとしていた。

  • 男は、スポーツができるべき、特に早く走れるがよし!
  • 男は、元気に外であそぶべし、ゲームはするな!

長男が幼少期の頃の、私の思考。

息子は、私譲りで身長が高い幼児。だけど運動が苦手で、外で遊ぶよりも家でゲームしてた方が断然楽しい子供。だから背が高いデブに成長。

大きくて、幼稚園児に見えない息子は、可愛い扱いされたことがない。かろうじて幼稚園の先生は、半分抱っことかしてくれてたけど・・・重いから持ち上がらない。

私の理想像からどんどんかけ離れていく息子をイライラしながら接してばかり。

誰がどういおうが思おうが、自分だけは可愛がって愛してやるのが母の役割だろうが!って今の私は、これを書きながら腹が立ってくる。

ホントに未熟なバカ親だ。

小学校になると、彼の環境は益々悪化する。

辛うじて幼児扱いしてくれていた幼稚園の先生とは違って、学校の先生は厳しかった。

大きな息子を実年齢以上に見てしまい、あらゆることができて当たり前ができない子と評価されてしまった。

母である私は、

こんな理不尽なことを言われる筋合いございません!

なんて、反論するのかと思いきや・・・

苦笑いしながら、むしろ出来なくて申し訳ない感を醸し出し先生に合わせようとしている。

誰に媚び売っとんねん!

そんなどうしようもない母でも、長男は優しく従順にせしっしてくれていた。

今思えば、可愛すぎる。今なら毎日ギュッとしてあげたいと思えるのに。

こんなどうしようもない母の願望なのに、息子は少しずつ叶えてくれた。

小学校高学年には、リレーの選手に選ばれるほど走るのが速くなっていたのだ。

これには感動し確かに喜んだ母だったけど、その喜びは息子には向かっておらず、こんなに早く走れるカッコいい息子を育てたのは私でございますという自負のみ。

そんな最低な私は、それだけではもちろん満足することはないので、体の次は脳みそ部門に突入する。

  • 学年で上位に入る成績
  • 高校は有名私立大学の付属校をめざす
  • もちろん運動部を3年間続ける
  • 友達は多い方がいい

中学になり、またまたハードルがあがった。

息子は、小学校の頃にやっていた野球を中学でも部活として続けながら、塾に通っていた。

部活の中でもひときわ厳しい野球部は、朝練から始まり、放課後も暗くなるまで毎日練習。帰ってきたと思ったら、塾の時間に間に合わないので、玄関で着替えさせて、握っておいたおにぎりを食べさせて、そのまま塾に送り出す。そんな毎日。

次第に長男は疲れ果てる。学校でも、いじめに合うようになり、言葉数が減っていった。

そんな変化にも、ただの反抗期だと片付けてしっかり見つめることをしなかったら、ついに息子は壊れてしまった。

こうして、振り返るとよくわかる。そんな結果になるのは時間の問題だった。

高校受験で、(母の)希望校が不合格になったとき、私は長男を冷たい目で見ていた。何を話しかけたのかは覚えていないけど、そこにはねぎらいの温かいものは一切なかった。その瞬間息子は、壊れてしまったんだ。

そこからの息子は、抜け殻のように何もできなくなってしまった。無気力になり無表情になり、息子は生きる力を失ってしまった。私はそんな息子の手に首を絞められ続けるのだ。苦しいけど離してもらえない、いっそ殺してほしいけどそれもかなわない、そんな毎日が10年以上続くことになろうとは、その時はわからなかった。

バカな親か、改心するのに必要な年月だったと思われるけど、息子に取っちゃーいい迷惑だろう。

一番楽しいであろう時期が、奪われ、友を作る機会を奪われ、希望を奪われた理由は、親を教育するためだなんてあまりに理不尽。

長男にハンマーで頭を殴られたおかげで、少し目が覚めた私は、次男の鎖を解いて自由にする選択をし、娘には鎖を掛ける選択肢はすでになかったから、下の2人は壊れることなく成長できた。

もしも、長男が教えてくれなかったら、私は家庭を全て失っていたかもしれない。いや、きっと失っていたと思う。

最近重要問題として上がってくる5080問題。

50は、子どもの年令、80は親の年令。

本来は、50歳の子供が80歳の親を介護するってのが、まともな形とされてるけど、それが真逆になってしまっている家庭が増えてきているっていう現状。

そんな家あるんやね~なんて言える人は、子育てに成功されている方だと思う。

私みたいなバカ親は、これを聞いて身の毛がよだつ思いがする。もしかしたら、自分ちもこうなっていた可能性が十二分にあるから。

この問題、どっちのせいなのか。

この年齢まで来てから紐解かれると、50歳の子供が圧倒的に不利で、80歳の親の年金で生きてるなんて不届きな奴としか思われない。

しかしこれが、30年早く紐解かれていたとしたら、責任は親にあるという意見も出ると思う。

50歳と言えば私も同世代。私が育ってきた時代を回想してみると、そんな簡単なことではない気がする。

人と交われない、学校へ行けない、会社を辞める、働かない・・・こんな行為は、規範に反することで世間では、はみ出し者として取り扱われる時代。そんな時代に生きている親は、はみ出し者かもしれない我が子の存在をどうしていけばいいか解決策も浮かばず、ただ人目から隠すしかなかったのかもしれない。

そうしているうちに、子どもは大きくなるが、中身は一向に変わらず、時が解決するであろうという期待も薄れていき、このままでは良くならないと気づきながらも逃げ続けた結果がこういう問題となって、今に至っているような気がする。

中には、体が大きくなって力も強くなれば、親に暴力を振るう子もいるから、親は益々沈黙してしまうし、何とかしなければ・・・と思いつめすぎて殺人事件という最悪な形で幕引きしてしまう話もしばしば耳にする。

この問題は、深すぎる。ここまで来てしまったら、解決策はあるんだろうか。悲しいけど私にはわからない。

こうなる前に気づかせてくれた長男に感謝しかない。自分の大切な時間を使ってまで、私に教えてくれたことは、一生忘れない。

長男の子育ては、もしかしたら私が見本になってしまうかもしれないので、そんなときは、愛を持ってイエローカードを出そう。

長男が掴んだ幸せを陰ながら応援しよう。

コメント

すみっこ

50代主婦。
3人の子育て期を完了。第二ラウンドの鐘が鳴った。
老いるからだと戦いながらも楽しく生きてくための試行錯誤しています。
暮らしは地味に小さくを心掛け、全国を旅行しようと目論んでおります。

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