重めの荷物が片付きました

幸せになれる考え方

今日、重めの荷物が片付いた。

リビングの椅子。

背もたれが擦り切れて、肝心の座面が劣化してネジの先端がお尻を刺激してきてた。

毎日使うものであり、なくてはならない物である。

毎日目に入り、心をチクチクつついてくる。

早く早く~(椅子)

まだ~?(お尻)

そんな聞こえない声が聞こえてくるような毎日。

TO DOリストをノートに書くとき、

椅子修理って項目を書き続けている。

もう何か月も。

しかし、一度も横線で消せたことがない。

もうノートに書くのもいやになってた。

どうせやらないことは、書く必要なし。とみなされて、書かれなくなった。

たとえ目には入らなくても、記憶には深く刻まれてしまってた。

書いていないのに、TO DOなことが、いつまでも重いに荷物となっていた。

もう誤魔化せなくなっていた。

なんで行動できないのか

なんで行動できなかったのか?

  • 材料が揃ってない
  • 生地を買いに行ったら、そこで疲れて結局生地放置状態になるかも
  • 失敗したら椅子を新たに購入しなくてはいけないかも

こんな理由がぐるぐると頭を巡って止まらなかった。

これは、やりたくない言い訳に過ぎない。

頭で考えるほどに言い訳は増えるばかり、ここはひとつ小さなことから行動することだ。

そんな小さな考えが、突破口となった。

一部が全部につながる

椅子は5客あるが、5客を一度に見たら、とたんに嫌気がさす。

1客だけ、それも劣化の激しい座面だけ。

まずこの椅子の座面だけやってみよう。

もし途中で嫌気がさして、分解されたまま放置でも、4客あれば生活に支障はない。

生地は、新たに買いに行かない。

今までも買って放置された生地が何枚も棚に眠っていた。

その生地の一番気に入った物を選び出して、一番劣化の酷い椅子から分解した。

たった一つの座面の布を張り替えるだけといえど、レシピがない作業は、2時間を有した。

でもその間、何故か無心で取り組め、むしろ楽しく感じた。

座面が出来上がり、組み立てたものを改めて見てみた。

たった1客の座面だけが新しくなっただけで、5客の座面が同じようにきれいになっている光景が想像できた。

おおげさに言うと、進むべき道がはっきり見えたみたいに思えた。

もう考えることなんか必要なくて、同じ作業をあと4回するだけでいい。

そう思うと、早くやりたくてムズムズしてきたのだ。

あんなに何か月も放置してたのがうそみたい。

一部の行動、が全部につながった。

一石二鳥

座面は、3日がかりで仕上がった。

5客並べて見たら満足感が湧くだろうと思ったが、むしろ別の部分が気になりだした。

背もたれ。

座面がピカピカなった分くすんで見える。

すぐにでも取り掛かりたくなる。

今まで手縫いの作業が、ミシンの作業となるので、重たいミシンを奥から出してくるハードルの高さ。そんなハードルも簡単に越えられた。

手持ちの生地が限られているので、失敗は許されない。

ここで失敗すれば、いつこんなやりたい気持ちになれるかわからない。

ここは、慎重にまずひとつ裁断してみる。

裁断さえすれば、ミシンかけはあっという間。

椅子の背もたれに着せてみた。

この瞬間進む道がパッと明るくなった。

こうなるともう止まらない。

ゴールまで一気に攻めた。

背もたれは、3時間で完成し一気に重い荷物は片付いた。

そして、もう一つ、眠らせていた生地を役に立たせることができた。

これも大きな荷物だった。

大きな荷物を二つも片づけられたらブログを書きたくなった。

コメント

すみっこ

50代主婦。
3人の子育て期を完了。第二ラウンドの鐘が鳴った。
老いるからだと戦いながらも楽しく生きてくための試行錯誤しています。
暮らしは地味に小さくを心掛け、全国を旅行しようと目論んでおります。

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