こんにちは~
日暮里繊維街で3着分の生地を660円で購入してきました。
まだやる気は消えてません。
消えないうちに形にしてしまわなければいけません。
もっとも大切な作業もっとも苦手な作業
洋服つくりは、正直苦手な私。
絵を描くとか、手芸をすることは大好きだった子供のころから。
外で遊ぶことよりも家で、チョコチョコちまちま小さなものを作っては喜んでいた。
時にオリジナル作品も製作したりしていた。
しかし、そこにはあまり正確な型紙やら、裁断は必要なかった。
決まったものに寸法を合わせる必要がないからである。
使う素材も切りっぱなしでも解れてこないフエルトなどを使っていた。
ところが洋裁となると違う。
ゴールは、それを着て生活できるのかってことにまで至る。
だから、アバウトに生地を切って縫ったところで満足のいく結果は得られない。
ゴールに達するためには最初の作業が肝心なのだ。
型紙と印付けと裁断
私が最も苦手とする作業だ。
私は想像するのが得意みたいで、出来上がりを着ている自分を想像して喜ぶ。
想像が膨らむと、そこに早く達したくてうずうずしてくるのだ。
だから、この最も大切な作業を疎かにしてしまう。
もちろん適当に裁断したりはしないけれど、ちょっと適当なのだ。
洋裁の場合、特に初心者は、この『ちょっと』が曲者なのだ。
最初はちょっとだったのに、出来上がったころにはちょっとどころではなくなる。
時にはスタートに戻らなければ先に進めなくなったりもする。そうなるともうやる気はゼロどころではない。見るのも嫌になってしまう。
結果、途中で放り出し、ミシンも奥深くしまい込まれ、素敵な想像力で購入した生地たちもそのまま封印されて、途中棄権という不甲斐ない結末となる。
あるいは、無理やりいばらの道を突き進んで、やっとゴールにたどり着いては見たけれど、とても着て外出できるような代物にならないという結末か・・・
そして、私は洋裁への苦手意識を強めるだけになってしまうのである。
母はプロ
手作りが大好きなのに洋裁が苦手とするのにはもうひとつ理由があった。
母の存在である。
私の母は、プロはだしの腕前を持つ。いや、すでにプロだな。
家には、業務用ミシンがあって、もう40年もそのミシンは働き続けている。
最初は、時給300円?と信じられないくらい安い時給で、ただただスカートの裏地を縫い続ける仕事に就いた母。
そこで、自分の才能に気がついたのかも知れない。
業務用ミシンを買って家で仕事を始めた。
300円の時給ではやってられなかったんでしょうね。
そこから、洋服のリフォームをやっているところでも働いて、随分腕をあげられたらしい。
母は、ほとんどなんでもできるようになり、
早い!安い!上手い!に
センスを兼ね備えて
着物のリフォームを手がけるようになった。
母の仕事はとても早い。
裾上げや丈直しなど、あっという間にやれてしまう。
私が、ボチボチミシンをだしている間に完成してしまえる。
だから、直ぐに母を頼るのだ。
自分がやるよりはるかに仕上がりも完璧だし。
結果、自分で服を作るなんぞ無駄な努力だと思えるようになった。
服を作るのは母で、小物を作るのは私ってな感じにね。
またやってしまった
生地を物色するときは、出来上がりばかりを想像して買ってしまうが、その生地が私の苦手作業をもっとやりづらくすることが多い。
今回もやってしまった。
涼しげな薄手の生地だか、それは、とても滑る。
色は濃くて印が見えにくい。
作業に入ってから気がつく。
また、やってしまった…
こんなとき、母がやっていたことを思い出した。

しつけ糸で印をつける方法
これだと、薄くてずれやすい生地も印つけに失敗しない。
ただし、とっても面倒くさい。
こんな作業も母にかかれば、ちょちょいのちょいなのだろうけと、私にとっては大きな壁となる。
だけど、今回これを乗り越えれは、その向こうにある節約しなからそこそこオシャレを実現できる…かもしれない。
まずは、1着分だけ印つけを終えた。
このまま2着目のする仕付けに入ろうかとも思ったけれど、やる気のエネルギーが切れてはかなわないので、1着完成させてからにしよう。
昨日は印つけに丸1日かかってしまったからな。
ミシンがけで気分転換をはからなければ、持たないわ。
ウォーキングと体重
昨日は、ウォーキングシューズを探しに3軒のお店をはしごした。お陰で7000歩ほど歩くことに。
結局、暑さで買いたい商品のお店までもどる体力が無くなって何も買わずに帰ったけどね。
今日の体重→61.7kg横ばいなり…
今日も遊びに来てくださってありがとうございます(“⌒∇⌒”)
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